Wanon 3本目

 放課後、俺は商店街を訪れていた。本屋などの場所を把握しておきたかったからだ。
 しかし、七年も前のあやふやな記憶が役に立つハズもなく俺は案の定
「迷った」
 やはり名雪と一緒に来るべきだった。しかし、今は後悔している時ではない。なんとかして交番などの施設を見つけなくては。
 だが、交番を探してさらに迷う可能性もある。どうしたものか。
「あれ、祐一君」
 迂闊に動けずにいた俺に後ろから誰かが声をかけた。聞き覚えのある声だ
「その声はあゆだな」
「うぐぅ、この辺りで銭ゲバマスクを被ってるは祐一君だけだから後ろからでもすぐ判ったよ。」
 振り返った先にいた少女笑顔で応えた。今日は店主に追われていないようだ。
「こんなところで何してるの?」
「本屋を探しているのだが、この街に来るのは七年ぶりでな。どこにあるのか忘れてしまったのだよ。」
「じゃあ、僕が案内してあげるよ。」
 自信満々な様子だ。こいつもこの街周辺に住む人間なのだし、さすがに大丈夫だと思いあゆの申し出をうけることにした。

「それで、ここは何処だ?」
「おっかしいなぁ、確かこっちだったと思うんだけど」
「ああ、確かにおかしいな。どう見てもここは商店街の外だもんな。」
 どうやら俺は案内を頼む相手を間違えたようだ。辺りには雪の積もった並木道が続いているだけだ。
 俺たち以外に人影も無く、通行人に道を尋ねることすら困難なようだ。
「役立たず。」
「うぐぅ!ひどいよ」
「じゃあ早く本屋まで案内しろ」
「・・・・ごめんね。」
「まったく、早く帰らないと日が暮れちまうぞ。」
 俺はそんなことをぼやきながらあゆの両肩に手を置き、こちらへ引き込みながら下へ押し込めた。
 彼女は突然のことに対応できず、なすがにまま身体を前に折り、両手を背中でロックされた。
「祐一君、何するの?」
「お仕置きだ。」
「僕、初めはマットの上がいいな。」
「何を考えているかは知らんが、好きな死に方を選ばせてやる。次の中から選べ。」

A ペディグリー
B タイガードライバー
C ダブルアームスープレックス
D 旋廻式フロントダブルアームスープレックス

「ライフラインは?」
「20:80(トゥウェンティエイティ)があるぞ。」
「じゃあそれ」

E タイガードライバー91が追加されました。

「増えたよ!?」
「ああ、これで確率は20:80だ。」
「うぐぅ、Eは返せないよ。Dは知らない技だし。」
 真剣に悩んでいるようだ。
「Aなら返せそう。」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
 返事を聞くなり、俺はあゆの胸元にニーを叩き込む。
 驚きの声とともに男のものとは違う女性の柔らかい感触が膝に伝わってくる。
 見た目は豊かではないがそれでも、筋肉質な男と違う女性特有の弾力。
 しかし、それに気をとられることなく、俺は彼女の背中に体重を乗せ、正面から彼女の身体を雪の積もったアスファルトへ

叩き!
        つけた!!

 ここで少し解説しておこう。
 ペディグリーとは、相手を前屈させその両手を背中に固定し、そのままジャンプする。そして落下の際に相手の背中に自らの体重を乗せ、顔面から地面に叩きつけるHHH(トリプルエイチ)選手の必殺技だ。
「うぐぅ! 最初のニーは聞いてないよ。祐一君」
「ははは、悪い悪い。」
「もう、お返しだよ。」
 言うなり起き上がったあゆはその場跳びドロップキックを繰り出した。
 しかし、そうくるのはお見通しだ。俺は前転し回避した。
 そのため彼女の放ったドロップキックは俺の背後にあった木に誤爆した。
 その衝撃により、枝に乗っていた雪が俺たちへと落下する。
「キャン」
 雪の落下音に短い悲鳴が混じった。どうやら通行人が巻き込まれたようだ。
 技に集中していて気付かなかったらしい。
 見ると雪の上に尻餅をついた、小柄な少女とその周りに散らばった雑貨が目に止まった。
「すいません、大丈夫ですか?」
 そう言いながらかけより、俺は少女の手をとり引き起こした。
 そのストールを肩にかけた少女を立たせると、今度は雑貨を拾い集める。
 買い物帰りだったのだろう。雪にで濡れた紙袋とまだビニールに包まれたままの日用品が転がっている。
 ペンケースに消しゴム、カッターナイフ、エル・サムライの覆面。
「おい、あゆ。お前も手伝え」
 誤爆したまま起きてこないあゆにストンピングを一発。
「うぐぅ、」
 と、うめきとも聞こえる声が返ってきた。
 そんなあゆを尻目に、散らばった日用品を集め終えた俺は、それを少女に手渡す。
「本当にすいません、こいつが外したばっかりに」
「まるで僕が悪いみたいだね」
「インディーズ団体が何言ってやがる。」
「うぐぅ、感動の再戦なのに。」
 なんだか悔しそうだ。ごねるあゆを無視して呆然と俺たちを見ている少女に向き直る。
「怪我は無いですか?」
「多分、大丈夫です。」
 とりあえず怒ってはいないようだ。
「あの、商店街ってどっちですか?」
 唐突にたずねた俺に少しあっけにとられたようだが、その後彼女は丁寧に教えてくれた。

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